遺言能力と遺言の無効
遺言するには、遺言時点で「遺言能力」を備えていることが必要です。
遺言能力のない者が作成した遺言は裁判で無効とされてしまいます。
では、どのような場合に「遺言能力がない」とされてしまうのでしょうか。
遺言能力とは、簡単にいえば、遺言の内容を理解し、判断する能力ということになります。
なお、民法961条では「15歳に達した者は、遺言をすることができる」とされていますので、14歳未満の者がした遺言はそれだけで無効となりますが、15歳以上であれば無条件で有効というわけではなく、上記の意味での遺言能力が要求されるのです。
裁判実務では、主として次の2つの視点から具体的事案における遺言能力の有無を判断される傾向にあります。
1、遺言者自身の能力(精神上の障害、年齢、当時の言動等)
まず、もっとも重視されるのが、医学的観点からの疾病の有無、内容程度です。
たとえば、当時、医師が認知症と診断していたかどうか、認知症だったとして、その重症度がどうだったか等が、診断書や診療録(カルテ)等をもとに判断されることになります。
また、当時の日常の言動等が、看護記録や介護保険の認定記録等から判断されることになります。
2、遺言書の内容(複雑か簡単か、動機として自然か)
次に、遺言の内容が複雑かどうかという点も問題となります。たとえば、遺産として土地が一つ(一筆)しかなく、これを一人にあげる、という遺言であれば、内容が簡単ですので、これを理解するには、さほど高度の能力は要求されないことになりますが、逆に、遺産として多数の財産があり、これを、複数の者に分け与えるというような場合には、ある程度高度な能力が要求されることになります。
また、遺言の内容が、遺言者と相続人又は受遺者と人間関係、交際関係からみて自然かどうか(たとえば、遺言者が永年同居して面倒を見てくれた息子に財産を譲るのは自然ですが、殆ど交流のなかった他人に財産を譲るのは不自然です)、という点も判断材料となります。
なお、公正証書遺言であっても、遺言能力が否定されて遺言が無効となった例は多数あります。公証人は医学等の専門家ではないため、遺言者の能力については判断できず、公証役場での受け答えに不自然な点がなければ公正証書遺言が作成されてしまいます。
遺言者に認知症など判断能力の低下が疑われるような場合には、弁護士などの専門家にその旨相談のうえ、場合によっては医師の診断等を受けたうえで慎重に遺言書を作成することをおすすめします。
【動画】遺言無効確認訴訟、養子縁組無効確認訴訟
こんにちは。弁護士の奥田貫介です。今日は相続に関して相続紛争よくあるパターンと対策、ケース1ということでお話をさせていただきます。
どういうケースかといいますと、遺言無効確認訴訟・養子縁組無効確認訴訟、これがセットで争われるよくあるケースです。どういう話かというと、まずお母さんがいて、お父さまはもう亡くなってると。長男と次男がいる。こういった家族においてお母さんが遺言も何もせずに亡くなると、法定相続分は1/2ずつですので、長男・次男が1/2ずつ遺産を引き継ぐと。こういうことになります。あとは分け方が問題になるということです。この家族構成だと、何もせずにお母さんが亡くなると長男も次男も半分ずつと、こういうことになります。ところがお母さんとして、あるいはご長男かも分かりませんけれども、なるべく長男に多くやりたい。多く引き継がせたいといったような希望を持つ場合があります。そしてこの場合に取られる方策というのは大体次の2つ。これはもうパターンなんですけれど、次の2つの方策が取られます。
まず1つは遺言書を作成して、すべて長男に相続させるといったような内容の遺言書を作るという方策が1つです。それからもう一つは養子縁組をする。例えば長男のお子さん、お母さんから見るとお孫さんになりますけれども、これを長男・次男と同じように養子にするということです。この遺言書作成と養子縁組。これがこの手のケースのときによく使われる方策ということになります。
順番に見ていきたいと思います。
まず遺言書作成です。すべて長男に相続させるという遺言書を作るわけです。ただこの場合でも、次男には遺留分という遺言によっても奪えない次男の取り分というものが法律上認められますので、この場合でも次男は遺留分、この場合には1/4になりますけれども、これは次男のところに行くということになります。遺留分の計算についてはここに計算式が書いてありますけれども、遺留分率です。この場合1/2なんですけれども、それ×法定相続分。さっき説明したとおり、1/2、1/2ですから、遺留分率×法定相続分。1/2×1/2で、次男の遺留分はこの場合1/4ということになります。そうすると次男が遺留分減殺請求権という権利を行使すれば、長男が3/4、次男は1/4と。こういうことになります。
さらにこの遺言書と組み合わせて取られる方策としてよく見られるのは、養子縁組をするという方策です。先ほどの話のとおり、仮にお母さんが長男に全部相続させるという遺言を残していたとしても、次男の遺留分は1/4認められますから、次男は1/4は確保できるということになりますけれども、この場合お母さんが例えば長男のお子さん2人、この2人を自分の養子にするということによって、次男の遺留分は先ほどの1/4から1/8まで減少させることができるということになります。計算式としては遺留分率、これは先ほどと同じ1/2ですけれども、法定相続分、この場合養子が2人加わることによって、お母さんの子どもは法律上4人ということになりますので、この法定相続分は1/4になりますから、1/2×1/4で次男の遺留分は1/8になると。こういうことになります。
結局この方策1と方策2をまとめると、まず最初、何もしない段階では法定相続分は長男も次男も1/2ですんで、長男の取り分は1/2あると。こういうことになります。次にお母さんが遺言書を書いて、すべて長男に相続させるという遺言書を残すということになると、この場合には長男は次男の遺留分までは奪えませんから3/4。次男は1/4ということになります。さらに方策2として、例えば長男のお子さん2人を養子に加えるということによって、結局このお二人を養子に加えれば、長男の取り分は7/8まで増やすことができて、次男の遺留分は1/8に減少すると。こういうことになります。
ちなみにこの養子ですけれども、相続税の基礎控除算定の際の養子は1名しか認められませんけれども、この民法上の法定相続分、あるいは遺留分算定の際の養子についてはその数に制限はありませんから、例えば極端な話、養子を10人取るということも一応可能は可能です。ただ、ここでは一応2人養子にしたという事例で考えると、そうすると次男の遺留分はこの場合1/8まで減少しちゃうということになります。
ですので、最初何もしないときには長男・次男1/2ずつだったのが、この2つの方策を組み合わせることによって、長男が7/8、次男は1/8というところまで変更できると。こういう形になります。
ところがこういう方策を取った場合には、よく見られるのは死後に紛争になる。つまり次男がこれに納得せずに、死後に裁判を起こされるというケースがよく見られます。つまり先ほどの方策、遺言と養子縁組。こんなものは無効だということで、次男のほうから裁判をしてくると。こういうケースがよく見られます。こういった裁判を起こされた場合には、結構1審、2審、3審まで争うと、例えば3年とか5年とかいうふうに長期化するケースはざらにあると思われます。それからこの手の係争の場合には、仮に遺言無効確認訴訟が判決によって確定したといったような場合でも、さらにそのあとに紛争が続くと。つまり遺言が無効だということになった場合でも、今度は遺産の分割の調停審判というのが続きますし、さらに遺言が有効だということになったとしても、遺留分減殺調停訴訟という、また次の調停や裁判が始まってしまうと。こういうことになります。ですので、こういった紛争は、本当にとことんまで争われると5年とか、場合によっては10年近いような長期にわたる紛争に発展する可能性があるということになります。
ところでこの遺言の無効、あるいは養子縁組の無効が問題になるときの、よく裁判で争点になる点は次のようなものです。
まず遺言無効確認訴訟での争点から説明すると、大体争点としては次の3つ。遺言の形式、それから遺言の偽造、意思能力ということになります。まず遺言の形式としては、例えば自筆での遺言の場合には、日付がないと無効になるということになってますし、あるいはワープロで打つと無効になるというようなことになってますので、そういった形式面での不備を主張して無効主張がされるというようなケースがあります。
ただ、こういう形式面での不備というのは、公正証書遺言というものであればほぼ問題になることはないと思われます。公正証書遺言というのは、公証人がきちんと形式面をきちんと整えた遺言書を作るといったようなものですので、法律の専門家である公証人が作成する公正証書遺言であれば、形式面で無効になるということはちょっと想定し難いと。こういうことになります。
次に遺言の偽造。これも自筆で書いたような自筆証書遺言の場合に問題になるわけですけれども、例えば筆跡がおばあちゃんのものと違うというような形で、問題になるケースです。これも公正証書遺言であれば、きちんと公証人が本人確認をした上で作成しますので、問題になることは想定し難いと思います。
3番目、意思能力です。これが実はよく問題になるわけでして、これは例えば遺言書を作ったときに、もうおばあちゃんは認知症になっていて何も分からなかったんだと。判断応力がなかったんだと。こういったことで遺言の無効が主張されるケースです。この紛争争点の場合は、これは公正証書遺言でも問題にされることがよくあります。
つまり公正証書遺言を作る公証人というのは元裁判官とか、あるいは元検察官の先生で、法律の専門家ではありますけれども、目の前に来て、目の前に座って遺言を残そうとしているこのお年寄りが、認知症なのかどうかということについては、これはもう判断できないわけです。医学的な知識も経験もありませんし。要するに受け答えがよっぽど変な受け答えをしないかぎりは、目の前の人は判断能力があるという前提で公正証書遺言を作ることになります。そうすると公正証書遺言を残されたとしていても、当時このお母さんには判断応力がなかったんだと。認知症で判断能力を欠いてたんだという主張がされて、その主張が通るというケースもよく見られるところです。ですので、この点には注意が必要だと思います。
また、養子縁組無効確認訴訟での争点。これも同じようなもんでして、例えば養子縁組届出書の偽造です。筆跡が違うと。養子縁組届出というのは、婚姻届と同じようにぺらぺらの紙を区役所の窓口に出すというものですけれども、ここに書いてある署名がお母さんの筆跡と違うというようなことがそういうになるケースです。
それから仮想縁組。もっぱら相続対策。つまり次男の遺留分を減らすためだけの縁組だというようなものは、これは無効とされる可能性がありますので、こういうことが主張されるケースです。
それからあとは、先ほどと同じように意思能力です。当時養子縁組届出書を書いた当時、もう認知症で判断能力がなかったんだ、といったような主張がされるといったようなケース。この場面でもこの点が問題になるケースは非常に多いと思います。
そこで意思能力が問題となる場合の裁判所の判断材料。裁判所はどういうところを見て当時の意思能力を判断するのかと。遺言の有効とか無効とかいうことを判断するのかというと、まず一番大きいのは医師の診断です。例えばここに書いてある長谷川式簡易スケールという認知症の簡単な検査があるんですけれども、こういったことを実施していればその内容、および結果がどうかというようなこと。あるいは脳の画像とか。そういうものをもとに医師がどういう診断を当時していたのかということが、まず一番の判断材料になるかと思います。
それから次に日常の行動記録。例えば遺言した人が病院に入ってた。入院してたような場合には、看護師さんが看護記録の中で本人の言動をどのように記録しているか。何か意味不明のことを言ってたりとか、そういったような記録があるかどうか。あるいは介護記録です。介護施設に入所していたような場合には介護士さんだとか、そういった方がつけている記録の中で、本人の言動がどうだったのかといったようなことです。さらに介護保険の適用を受けてたような場合には、介護保険の要介護度判定記録。こういったものが資料として提出されて、それをもとに裁判所が、当時の遺言者の判断能力を判断するといったようなことがされることになります。
相続紛争をこういった事例で回避するための対策としては、まず1つは遺言書を作る。きちんとした遺言書を作る。遺留分に気を付けるということは当然ですし、それからきちんと公正証書で遺言を作っておく。こうすることによって少なくとも形式面での不備というのは回避できますので、できれば公正証書できちんと遺言を作っておくということが必要だろうと思います。
それからさらにもう一つ大切なことは元気なうちに作っておく。つまり、もう認知症の疑いが出てきたりとか、いったようなあとに遺言書を作るとこれは必ず、必ずというか往々にして次男側からおかしいと。判断能力なかったんだと。こういうような主張がされることがあります。ですので、できる限り元気なうちにきちんと遺言書を作っておくということが、まずは大切だろうというふうに思います。場合によってはきちんと関係者に、こういった意図でこういった遺言書を作ったんだというふうに、きちんと明らかにしておくということでもよいかと思います。きちんと故人の意思が明らかになっていれば、残された者も無用な争いをしなくてすむということがあると思います。
それからもう一つは、例えば認知症の疑いが出てきてからあとに、本人の希望で遺言書を作るというような場合には、先ほどの裁判所の判断材料などを見据えた上で、きちんとした材料をそろえて、ちゃんと遺言書を作っておくということが必要かなと思います。例えば主治医のお医者さんにきちんと長谷川式だとかそういったもので検査をしてもらったあとに遺言書を作っておくとか、そういったような対策をきちんと取っておくということが必要かと思います。
今日のケース1のお話は以上です。どうもありがとうございました。
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